饒舌トリック

 
 母親は犬の散歩でできた近所のおばさん友達のことを、犬の名前で話す。
 おそらくこれは、はじめのうちは犬の名前しか紹介し合わないからなのだと思う。だから当初は「タロー君のお母さんがね……」とか「ダニエル君のお母さんがね……」みたいに喋っていた。しばらくすると彼女らは、散歩以外でも一緒にごはんを食べたりするようになって、すなわち散歩仲間から普通の友達になり、だとするともちろんお互いの本名も知り合っているに違いないのだが、それでも母親は定着してしまったらしく、おばさん友達のことを未だ犬の名前で言う。むしろ最近は「……のお母さん」がめんどくさくなってきたようで、「タロー君がね……」「ダニエル君がね……」とさえ言う。
 それで思ったのだが、これは叙述トリックになるのではなかろうか。
 なにしろ犬の名前でおばさんの話をしている。それにそもそも「タロー君」「ダニエル君」は人間の名前として通用するものだ。てっきり外人の少年だと思った「ダニエル君」が、実は犬の名前であり、さらにそれは飼い主のおばさんのことを指しているのだとしたら、二重の叙述トリックにさえなりうるのではないかと思った。